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キシタケ音楽四方山噺
 その32

『Forty Licks』
『DOMINGO』
1967
Gal e Caetano Veloso
 スペインのペドロ・アルモドバル監督の『トーク・トゥ・ハー』を観る。
事故で昏睡状態に陥った二人の“眠れる美女”をめぐる男達の話。
すごい映画だ。批評などというコトバがまるでオヨビでないように存在する作品世界。
良かったとか面白かったとかも含めた感想や、これを理解する為の言葉などが今でもまるで浮かんでこない。
 劇場を出たあと長らく僕を包んでいたのは、胸かきむしられるような傷みと1時間53分のあいだ浸っていた濃密な映画的悦楽の余韻。
多分僕は、現在と過去と未来と、悲劇と喜劇と歓喜がメビウスの輪のようにつながった物語にはまりこんで、意識の底にある混濁の世界を旅していたのだろう。それはまだ続いているのかもしれない。
 
 事前に知らなくてびっくりしたのだけど 、劇中でカエタ−ノ・ヴェロ−ゾ氏が出てきて歌うシーンがあって、これがまた鳥肌モノ(書かない方がよかったかな?)。60を越えてブラジル音楽界の大御所と言っていい存在なのに、その歌声のみずみずしさたるや。もしかしたら、それが彼の最もスゴイところかもしれない。
 とりあげたアルバムは、遡ること30年以上前の1967年に発表されたガル・コスタとのデュエットにしてデビュー・アルバム『ドミンゴ』(日曜日)。
 最も影響を受けたアーティストとしてジョアン・ジルベルト(ボサ・ノヴァの歴史の1ページ目を飾るオリジネイタ−)の名を挙げるカエタ−ノ氏の、今のところ唯一のボサ・ノヴァ・アルバムでもある。優れたソングライティング能力と、みずみずしくもあり頼りなげでもある歌声の魅力はこのアルバムでも確認できる。
 映画のワン・シーンのようなモノクロ写真。
視線を交わさない二人が物語るように、デュエットといってもラストの曲以外は交互に歌が出てきて、二人は全然からまない。そこにあるのは会話というよりそれぞれの問いかけのようで、おっそろしく冷ややかな手触りと儚さが同居するこのアルバムの一番のナゾ。あえてその意味を知ろうとも思わないけど。
 
 けだるい夏の休日の午後に聴いてみるかな。
 勿論、一人で。
 

キシタケ(2003.9.10)※執筆は8/7

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デザイン: おぬま ゆういち
発行: O's Page編集部