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キシタケ音楽四方山噺
 その41

『I Love You (Live Version)』
『I Love You
(Live Version)』
2000
宇多田ヒカル
深夜のレンタル・ビデオ店にいた時だ。
『ロード・トリップ』にするか『エボリュ−ション』か、『トリップ』はもう2回借りてるしなぁ
などと考えていた時。
店内でかかっていた有線から、聞き覚えのあるメロディと歌声が流れてきた。
宇多田ヒカルだ、曲は『I LOVE YOU』? オザキか。
音源はライヴのようだ。
尾崎豊のトリビュート盤でその曲を歌っているというのを、そういえば記事で読んで
いた。

尾崎豊という人の音楽を僕はよく知らない。
『十七才の地図』がよく流れていた頃、確かに僕はその年代の人間だったと思うけど。
まぁ、好みのタイプの音楽ではなかったのだ。
『I LOVE YOU』もその当時から感傷的な歌だなと思っていた。
深夜のラジオでよくかかっていた。

宇多田ヒカルの『I LOVE YOU』は、それまでとは全く違う曲として響いてきた。
時間は止まり、僕はそこで立ち止まっていた。
その時に感じていたものは何だったのだろうかと思い返す。

その曲を慈しみ、瞬間瞬間にその自分の気持ちを託そうとしている
宇多田ヒカルの情熱が伝わってきたのかもしれない。
そのことで、ソング・ライターとしての尾崎の才能に今やっと気がついたのかもしれない。
僕が年を喰い、感傷的な人間に成り果ててしまった可能性もある(嫌だな)。
歌に出てくる若い恋人同士がその後どうなっていくのか、経験的に、耳年寄り的に知ってしまっているからというのも。

説明的すぎるな、多分違う。
もっと感覚的なもの。
息づかい
メロディや歌詞の意味など超えたもの、音節を行き交う彼女の吐息。
こわばった心にそれが触れ、開かれていくのがわかる。
とても濃密で、でも軽やかで柔らかい。
それが何がしかの情景を僕に見せてくれ
━いつかの、どこかでの出来事を━
ほんのつかの間、僕の心の震えに寄り添ってくれた。

次の曲が始まっても、しばらくの間その余韻で僕はボーっと突っ立っていた。
結局何も借りずに店を出た。
夜の空気は冷たかったが、
まぁ、こんな気分になる時もある。
 

キシタケ(2004.4.12)

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デザイン: おぬま ゆういち
発行: O's Page編集部