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タールマンの『引いてダメならあきらめろ』

第3回

最近の傾向として全国的に高校野球のマネージャーはその容姿の崩壊化に歯止めがかかっていない状態のような気がする。数年前から高校野球はマネージャーのベンチ入りが認められるようになり甲子園でも女子マネージャーの姿をベンチの中に見かけるが、何故かそのほとんどはチビ。上半身は普通だが、足がとても太い。で、唇が捲れあがっている。そんな女子が多いような気がするのである。
このマネージャー容姿崩壊の速度が速まったのがJリーグの発足と漫画スラムダンクの登場であり、おそらく日韓ワールドカップでトドメを刺されているのではないだろうかと筆者は思っている。

筆者の高校時代というのはJリーグはなくてスラムダンクは始まっていたかどうか覚えていないが、蹴球部、籠球部の波が押し寄せてきている予感は十二分にあった。マネージャーの大惨敗という現実を突きつけられていたからだ。いつの時代も女子高生というものはカッコイーものとカワイーものに敏感である。
蹴球部や籠球部の連中は何故か練習着が妙にカッコいい。洒落たTシャーツなぞ着ていたりするのである。それに比べて野球部はといえば真っ白のユニホームに「タールマン」と胸に本名。マネージャーの諸君は蹴球部、篭球部は男子から借りたであろう大き目のユニホームを上半身に着用し、下半身は妙にカワユイ痰、いや短パンを着用の上、白く美しいアンヨを露にしていた記憶がある。そんな格好でスポーツドリンクとタオルなど渡されれば疲れも一気に吹っ飛ぶだろう。それに比べて野球部のマネージャーはジャージである。これはもう全国どこの高校の野球部のマネもそうであろう。タッチの朝倉南だってジャージだった。服装からして惨敗なのである。強いてバリエーションをつけるならせいぜい帽子、しかも野球帽いわゆるキャップであるがウチの野球部に生息していた三人のマネたちは間違った被り方をしていた。何をトチ狂ったのか横被りにしていたのである。

で、この三人とも蹴球、籠球部のマネ諸君に大惨敗なのは言うに及ばず内二人、ムトウ(本名西野)とトゥードゥー(本名定常)は渋谷のモアイ像にすら大惨敗というもうほとんど眩暈を起こしそうな容姿をしていた。事実うちの校長はこの二人をオランウータンと間違えてバナーナを与えていたくらいだ。ウソ。

ムトウの方は体重推定65キロ。「もうポッチャリとは呼ばせない」という程度のデブ子ちゃんだった。顔が真っ黒で当初は「ブラック」というまんまのあだ名だったのだが、それが転じて無糖になりムトウになった。トゥードゥーの方は言い逃れの出来ないオデブ子ちゃんでしかも眼鏡っ子。あだ名の由来はトドで、トドはローマ字で書くとTODO。だからトゥードゥーとなったわけだが今なら高見盛だろう。間違いない。で、最後の一人がナミマネ(本名行沢)。この子は中の下の上というまあ、普通といっていいかなー?どうしよ?みたいな感じの女子であり、野球部内では間違ったモテかたをしてしまいその後の人生を最も心配された女子である。こんな三人に囲まれて野球をしていたわけであるからして、練習に望むべくモチベーションは蹴球、籠球部の連中に比べて半減であることは言うまでも無い。

しかし野球部のマネというのは見てくれもこれくらいタフでなければ勤まらないのかもしれない。なにせ労働条件が過酷すぎるのである。練習の終わる夜九時近くまで残っていなければならないし、日曜も夏休みもない。ヤリタイ盛りのまともな女子こおこおせいなら入って来る訳がないのである。その労働の中の一つに洗濯がある。

洗濯は一年男子が練習後にやるのが規則なのであるが、それじゃ帰れなくなってしまうのでマネがやっていた。普通高校男子ともなれば「あー、あいつ今ごろ俺のユニホームを洗って干してんだろうな。そっと臭い嗅いだりして」なんて想像力が豊か過ぎるくらい豊かな時期であるのだが、うちの野球部に限ってそれはなかった。洗ってくれるなとすら思わなかった。普通にうちのママが洗ってくれてるような感覚だったのだが、その感覚をブチ壊してくれたのがトゥードゥーである。

 通常洗って頂きたいユニホーム、アンダーシャツなどは部室の前の大きなカゴに放り込んでおく。しかいその洗濯物の中にはスラパン(スライディングパンツの略。前回も解説したが、ユニホームの下、チンゴの上に履くピタッとしたパンツ)は絶対含まれない。何故か。気恥ずかしいからである。いくらモヤイとは言え、やはりヂンゴの上にじかに履いている物である。ママ以外には見せたくないのである。まして高校男子の下半身というものは様々な分泌液が抽出されるのである。特に練習中というのはなぜかエロスな妄想を抱きやすく、筆者など手を使わずしてオルガスムスに持ち込むという荒業を身に付けていくらいであるからして、場合によってはママにだって見せないぞってな代物なのであるが、そのママにだって見せないぞという運命に陥ったスラパンがどこへ行くかと言うと部室に山済みにされているだけである。当然ウンコちゃんが少々ついたスラパンなども大量にあったりする。その山から漂う悪臭たるや凄まじいものがあるのだが、どれくらいかと言うと、スラパンダイブというリンチの代わりの儀式が筆者の野球部にはあったくらいである。後輩をそのスラパンの山に投げつけ、五分ほど顔を埋めていろというだけのものであるが、本気で破傷風の心配をしていた者もいたくらいだ。
だがタフな筆者らはスラパンを忘れると、比較的きれいそうなものをその山の中から選び抜いて履いていたりもしていた。で、練習後はまた山に戻す。それを繰り返していればどんな状態になるかはご想像の通りである。

まあそれほど臭い物であったのでそれは放置しておく以外手はなく、筆者らは大量の華麗なるギャッツビーをそれに振りかけることによって凌いでいた。いたのだが、その禁断の実をもいでしまったのがトゥードゥーである。

 なんとある日、トゥードゥーはそのスラパン全部を洗濯してしまったのである。勝手に女人禁制の部室に入ってだ。まあ、でもそれだけならよかったのである。

練習後の監督の言葉が終わった後に、トゥードゥーはおもむろに「話があるんですけど」と思いつめたような表情を作り、右斜め下に目線をやりながら切り出したのである。
 「あの、勝手に部室に入って悪いなとは思ったんですけど、スラパン洗濯させてもらいました」(軽くドヨメク僕たち)
 「で、あのこれからはスラパンもカゴに入れて下さい。やっぱりとても臭いし、不潔だと思います。洗濯機も壊れてしました」(ちょっと顔を赤らめる僕たち)
「しかも中には血がついたのもあって、手で洗いました」(僕だけ背中に旋律)と世界中の不幸をしょったような声、表情でのたまいやがったのである。なぜに筆者がこのトゥードゥーの行為に怒りを感じるかと言えばその血付きのスラパンが筆者のものだったからである。当時筆者はひどい痔持ちであり、スラパンに薄っすらと血がついてしまうことがタビタビあったのだ。で、他の部員はその血付きスラパンティが筆者のものだと知っているので、筆者はトゥードゥーにじかにその手で血付きのスラパンを洗ってもらった男として語り継がれ、なおかつそのスラパンはタールマンのものであるとトゥードゥーに余計な情報を吹き込まれたのである。

後日、筆者はトゥードゥーから「シンさん(筆者の本名)、病院行った方がえーよ。ほっとくとバイ菌入るよってに。あれはイケン(ダメ)よー」と汚い鳥取弁で恥ずかしそうに言われたのである。イケンことくらい百も承知である。それより何よりこっちは多感な男子高生である。いくらトゥードゥーとは言え同い年の女子高生からそんなこと言われればこっちも顔から火が出るくらい恥ずかしいのである。なぜ捨てない?なぜ洗う?そして、そんなに恥ずかしそうに言うならなぜ痔のアドバイスをする?そんな疑問が頭の中を駆け巡り、「お、おおん」なんて訳のわからない返事してその場を立ち去ったですよ。背中にトゥードゥーの視線感じながら。しかもその日から練習中などにトゥードゥーと話さなければならないことのなどあると、互いに妙に緊張してしまい、これじゃ傍から見てるとただの初々しいカップルにしか見えねーじゃねーかなんて思っていると、まるで催眠術にでもかかってしまったかのように、「よく見りゃこいついつも一生懸命でちょっとイイかも」なんてトゥードゥーのことを意識するようになってしまい、当時告白14連敗という記録を更新中であった筆者は15連敗目(最終的に18連敗)をトゥードゥーに捧げるという人生最大の過ちを犯してしまったのであります。ですがフラレた瞬間に素に戻り、トゥードゥーの方から「誰にも言わんけぇ、大丈夫だよ。・・・ありがとう」と言われたときには胸を撫で下ろす同時に微かな甘酸っぱさも覚えたのでした。

 

タールマン(2004.4.15)

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デザイン: おぬま ゆういち
発行: O's Page編集部