第2回 |
第一回目から実に3年!オズページのミニ長谷川和彦状態のタールマンですが、(カッツはテレンス・マリック)これからは月1連載目指して心を入れ替えていく所存ですのでよろしくお願いします。
で、第二回目のテーマだが、一回目が高校野球だったので再び高校野球にする。といきなり威張り口調で申し訳ないが、私にはこのネタしかない。もう死ぬまでオズページでは高校野球の話にしぼることに決めた。
誰も覚えてないと思うが第一回に登場した少年タールマンは死にたいくらいに憧れた花の都、倉吉北高校には恐れをなして進学せず地元の県立高校に進学して、そこで野球をすることにしたのである。この学校、私の入学時点で野球部創部が60年を超えるというそれはそれは伝統のある部であり、巨人と阪神で活躍した小林繁大先輩も輩出したことが唯一の自慢である。だがその大先輩を要しても甲子園の土は踏めず、そして現在もいまだに踏めていない。そんな弱っちぃ野球部だったのだが、ナカナカに個性豊かな連中が集まっていた。この連載はこいつらのエピソードを書いていく私的高校野球史にしようと今決めた。
エースで四番の中前は身長180センチを越え、体重は知らない。中学時代からフォークボールを投げ、県大会では自分の中学を準優勝に導いたなかなのスゴ者だったのだが、何を間違ったのかうちの野球部にきてしまった奴だ。しかも顔も良かったから大いにモテた。こいつの最大の欠点というのが野球が大して好きじゃないというところで、投げていても疲れてくると四球を連発。すぐに「肘が・・・」と言ってマウンドを降りてしまう軟弱者だったのである。いや、ホントこいつさえちゃんとしてれば鳥取だけに甲子園も夢じゃなかったはず。と、こいつのせいににしたくなるくらい投手が四球を連発すると守っている野手は非常に集中力を欠くものである。特に外野手など(私自身センターだった)はっきり言って投手に対して怒りすら湧いくるのだ。しかもこの中前は四球を出し始めると、さも「俺、肩に違和感あり」的に肩など回しはじめ、こちらとしては「下手な芝居してんじゃねえ、さっさと投げろ」とイライライライラするのである。イライラを通り越すと今度は「そいや、俺って結構毛深いよな」などと全く野球とは関係のないことを考え出し、それも通り過ぎると唾をたらしてどこまで切れないかなんてことをしはじめるのである。野球を見ていてたまに何てことのない打球が外野手の横を抜けたり頭を越したりすることがあるが、あれは大抵違うこと考えていた時にいきなり打球が飛んできてスタートが遅れているのである。もっとよく観ていると、その外野手はその直後、自らの罪を薄めようと「打たせていけ!打たせて!」などと声を出している。(私がよく使った手だが、あまり効果なし。ベンチに戻るとほとんど監督に怒られた)まぁ、いい。ウチの負けパターンはいつもこれだった。中前が集中力切れて四球から崩れ、野手も切れたとこでエラー続出大量失点といやつである。
ある日の試合のことだ。県の秋季大会で、この試合は次の年の春の甲子園、いわゆるセンバツに関わる重要な試合だった。その試合で中前とライトを守っていたギュウちゃん(本名上杉)がベンチで大乱闘を起こしたのである。その経緯と顛末を書く。
その日、ギュウちゃんは暑さのせいで水分取りすぎてしまい、試合中下痢になっていた。つーか朝から下痢だったのを悪化させていた。 ギュウちゃんはライトでもぞもぞとしながらも騙し騙し何とか試合に出つづけた。とは言っても我々もベンチで笑って冷やかすくらいの軽いノリであったのだ。が、悲劇は突然やってくる。六回の守備中のことだ。例によって中前が四球を出し始め、内野手は何度かマウンドに集まり、気づけば二点ほど取られてなおノーアウトランナーなしという「全く面白くない映画の42分目」くらい集中力の切れる状況を迎えていた。私はふとライトのギュウちゃんを見た。本当に「ふと」という感じである。人生で一番の「ふと」である。あれほどの「ふと」は後にも先にももうない。ギュウちゃんは青い顔してやや内股気味に微かに震えていた。あまりに「ふと」見ただけに、私は「ギュウちゃん、変な格好だな」と思っただけだったのだが、次の瞬間、ギュウちゃんは「タイム!」と断末魔のように叫びベンチに向かって突っ走っていったのである。一瞬球場全体がフリーズもんである。私自身も「?」であった。そりゃそうだ。だいたい外野手がいきなりタイムをかけること事態が前代未聞であるのに、なぜかその選手がマッハのスピードでベンチ目掛けて走っている。ギュウちゃんににいきなり悪霊が降臨したと思われても仕方のない状況である。
監督「(唖然として)何だ、お前」ギュウちゃん「下痢です!」監督「え・・・?」ベンチ裏へ駆け込むギュウちゃん。事情を知っているので笑いを噛み殺している補欠選手。おそらくベンチの状況はそんな感じだったであろう。
審判から事情説明を求められ、説明する監督。一体何を話していたのか・・・。卒業後会っていないだけに永遠の謎である。冷静に考えればすぐに代用選手で試合続行なのだが、ギュウちゃんが「すいませんでした!」とこれまた球場中に響くような大声で思いのほか早く出てきて再び疾風の如くライトに駆け戻り、スタンドに何のアナウンスもなくうやむやのうちに試合続行。両チームの応援団含め100人ほどの観客みんな「?」である。これで完全に集中力の切れた中前と我がチームはこの回三つのエラーをからめて7点を失い試合は決まった。で、5点を失ったくらいのとこで今度はあえてギュウちゃんを見ると泣いているのである。顔が涙でクシャクシャなのである。「あー、俺の下痢のせいでチームの集中力が完全に切れた。俺の下痢でセンバツをパーにした。俺って、俺って・・・」きっとギュウちゃんはこんな気持ちでいるのであろうと私はその涙を見て想像したのだがこれが違った。六回の長い守りを終え(ギュウちゃんは後にあの六回の守備は「地獄の一丁目」だったと述懐)、ベンチに戻るとき、またもギュウちゃんはダッシュ!円陣も組まずにベンチ裏に駆け込むギュウちゃん。そのときふわりと風に乗って漂った匂い。まさかとは思いながらもベンチ裏から戻って来ないギュウちゃん。そのギュウちゃんを呼びに行かされる補欠の岡崎。すぐに笑い転げながら戻ってくる岡崎。なぜか「ジャージない?ジャージ」と嬉しそうに聞いて回っている。そう。ギュウちゃんは六回の守備のとき、タイムをかけて戻って来た後ウンコをもらしちゃったのである。結局ベンチに替えのズボンはなくスタンドで応援していた一年生部員のズボンを脱がせそれをギュウちゃんにはかせるという応急処置をとったのだがベンチに戻って来たギュウちゃんに監督も「大丈夫か?」の一言が精一杯。何が大丈夫なのか分からないが「はい」と返事をするギュウちゃんの顔があまりに涙でグシャグシャなためギャグにすることすらはばかれた。そりゅあそうだろう。人知れずライトの守備位置でウンコをもらす・・・。意思とは関係なく噴出し続けてしまう汚物。身動きもとれない。筆舌に尽くしがたい絶望。思考完全停止・・・。
「見ていけ、見ていけ!」と打者に声をかけるギュウちゃんだが、その心中察するにあまりある。我々は「・・・」状態でそんなギュウちゃんを見つめるしかなかった。と、そのときである。我々の背後から「監督、肘が痛いんですけど?」とヘラッとした中前の声。その瞬間、突如ギュウちゃんは切れて中前の背中を蹴り、吹っ飛んだ中前は監督ごと倒れ、「なんだてめぇ!」とギュウちゃんにつかみかかり、取っ組み合い。喧嘩両成敗とベンチ裏で監督が二人にビンタを張り、戻って来たギュウちゃんは鼻水もたらして、怒りと恥ずかしさと他諸々の感情から何だかもう凄まじい顔をしているのであった。中前さえきっちり押さえてくれれば自分も漏らさずにすんだのに・・・。そんな思いが爆発してしまったのであろう。でも、こっからあとがいかん。いかんよ、ギュウちゃん。結局ギュウちゃんはその回でベンチに引っ込んだ。ウンコもらしたことくらい別にギャグですみそうなものだが、本人泣いちゃったから笑うに笑えないし、エースとケンカしちゃうしでベンチは最悪の雰囲気。試合は9-0で敗れ去り、我々は3年の春のセンバツを棒に振ったのであった。しかも帰りのバスの中でもギュウちゃんは笑いもせず、むっつりしているからどんどんドツボにはまってゆき、部員たちの空気も「かわいそう」という空気から「なにあいつウンコもらした上にスカシてんだ」という空気に変わっていった。ギュウちゃんは敏感にその空気を察知したのかさらに逆ギレ気味の顔で押し黙り、他の部員たちも「あいつ無視」みたいな雰囲気になり、試合後のミーティングでは監督までもがウンコネタに触れないものだから、今度はタブーの空気が出来上がってしまい、どんどんドツボにはまっていくしかない状況であった。しかもギュウちゃんは次の日から練習に参加するもののなぜか不機嫌顔。試合を観に来ていた一般の生徒からも「あんときのギュウちゃんなに?」と聞かれるも「あー、ウンコ」と答えることすら出来ない空気を見事に作り上げてしまっのであった。よってそのネタで我々がギュウちゃんを含め笑ったのは卒業後、数年たって再会したときであったのだ。でも、そのときギュウちゃんはちょっとした秘密を教えてくれた。実は問題の脱糞試合の翌日、大会本部から我が校にクレームがきてギュウちゃんは監督から大目玉を食らっていたらしい。ギュウちゃんはウンコまみれのスラパン(スライディングパンツの略。ユニホームの下、チン子の上に履くガッチリとしたパンツ)を持って帰るのが嫌だからという理由で、球場のトイレに置いてきてしまっていたのであった。およそ高校球児としてあるまじき行為である。
(2004.2.24)
タールマンの引いてダメならあきらめろ Copyright(C) 2004 タールマン デザイン: おぬま ゆういち 発行: O's Page編集部 |