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ロミオの心臓
第2回
ダイエットその(1)

キャンディの背中の光るもの……

 無事働きだしたキャンディこと私は、11時出社ということで、余裕と思っていたら、とんでもない。この首都の炎天下のなか、何度も倒れそうになった。
 しかし原因は暑さだけではなく、ダイエットのせいもある。
 私は今までダイエットにはあまり興味はなかった。かといって痩せているわけではなく「痩せりゃいいってもんでもないだろう」という考えが根強かったからだ。
 確かにすんごく太っている人はちょっとは痩せたほうがいいと思うが、芸能人で痩せてかえって老けた人をみると意味ないなと思ってしまっていた。
 そのせいか痩せてきれいになるという方程式は成り立たないと思い、食べたいだけ食べていたが、慢性的な貧乏生活のためか20代は体重も体型もかわらなかった。

 しかし、現在31才、相変わらずの貧乏生活にもかかわらず、太った。6キロも。
 慌てていろいろ調べたが、原因は……、年、だとしかいえない。
 人間息するだけで消費するカロリーが年とともに減るのだそうだ。
 ガーン!そうだったのか。
 とはいえ元来ものぐさで面倒臭がり屋の私としては「それも仕方ない」と受け入れようとしていた。が、オトコが許してくれない。
「太ももの間から向こうが見えなくなった」らしい。それでも「何さそのくらい。太ももは太いももなんじゃい。」と言い張ったが、鏡をみて唖然。「み、みにくい……」
 かくして改心した私はダイエットに励むこととなった。

 まず私はご飯の食べ過ぎらしい。
 私はかつて空腹を何よりも恐れ、お昼に一合は食べていた。それを徐々に半分に減らしていく。
 昼と夜は、箸にほんの少し(10数粒か)のご飯をのせ、良く噛む。ゆっくりゆっくり食べ、満腹中枢さんがサインをだしてくれるのを待つ。なかなか出してくれない。そりゃそうだ、満腹じゃないもの。それでも所定の量を食べ、物足りなさ100%の中、箸を置く。
 思えば私は体は弱いが、睡眠欲と食欲だけは人一倍あるような気がする。
 「ショックで眠れない」と言いつつ、朝になると目覚めるのは寝ていたからだし、オトコと別れた日もお腹は空いた。
 ああ、食欲が恨めしい。いっそ食べることが嫌いになったら……。
 いや待てよ、人生で一度だけ食べられなくなったことがある。

 数年前のことだ。
 その頃、私は妹と住んでいて、夕飯はあとは煮込むだけとなり、その間テレビをみることにした。ちょうど、“驚きももの木20世紀”という過去の事件を扱う番組が始まった。その夜のテーマは「知床食人事件」。最初はみるのをためらったものの、妹と二人すっかりハマリ、最後までみてしまった。
 内容は、戦時中、極寒の知床沖で転覆した船の船長と船員の二人が命からがら身を寄せた浜の小屋。冬は人が寄り付かず、外はずっと吹雪で、外に出ることは死を意味していた。小屋に食べ物が無くなり、何週間か過ぎ、船員が動かなくなった。船長はその肉を食べ、その肉を持ち、小屋を出て生き延びた。法が裁いた船長の罪は「死体損壊、懲役一年」。
 後に小説の題材となり映画化もされる度、人々の視線に耐えた船長は天寿をまっとうした。いや、せざるを得なかった。自分のなかで船員からもらった命を断つことはさらなる罪になると、あえてつらい生を選んだ。
 「じゃあ、食わなきゃいいじゃないか」と思うが、食べた時の記憶がないという。

 テレビを見わ終って、妹とちょうど出来た夕飯を囲むが、あまりご飯が進まない。苦痛でさえある。一口食べ、やっと噛み、しようがないので飲み込む。そのあと「はぁー……」とため息をつき、ご飯を見つめる。妹も同じ。私達の間に会話は無い。
 次の日もその次の日も私はご飯が食べられなかった。
 それはその事件が猟奇的で気持ち悪いからではなく、人間の(というか動物の)原罪に気づかされてしまったからだ。
 人は生きている限り食べる。何か食べる。そのこと自体罪だったとは。
 わかっているし、しようがないことだろうが、私は考えたこともなかった。
 要するに食べるというかぎり船長と同じ罪なのだ。
 船長にだって普通の道徳観や倫理観は備わっていたに違いない。その証拠に食べた時の記憶が無いのだ。つまり正気じゃとても食べられないから、多分、船長の中の細胞、生きようとする細胞が理性を押さえ、頭を少しおかしくさせて、食べさせたのだ、としか思えない。
 だとしたら極限状態に置かれたら……。
 食べることは生きること。
 実は恐ろしい。
 が、当時あれほどショックで3日も食べられなかった(たった3日……)のに、こうしてその時のことを思い出して書いているというのに、ダイエットのせいか、私はお腹が空いてきて、何か食べたいのだ。
 私の中の細胞も、また、勝っている。

(2000.8.16)

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ロミオの心臓 Copyright(C) 2000 中央線のキャンディ
デザイン: おぬま ゆういち
発行: O's Page編集部