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キシタケ音楽四方山噺

その54 - Season Cycle -



『Songs In The Key Of Life』
1976
Stevie Wonder
キシタケ冬の音楽日記



2月某日

井の頭公園に行った。
ま、こんな時期だから木々は丸裸だし人はまばらだし淋しいもんである。
しかも曇りで寒かった。
だけどこういうのをブラブラするのも結構すきだ。
片隅で梅が咲いていた。
へぇーと連れの女の子が携帯のカメラで撮った。
来月になると桜が満開になって景観が一変するんだから
自然というのは大したもんである。


3月某日

郷里に帰った。
町は雪で真っ白で、しかもまだ延々と降り続いている。
こんな時期に帰ってくるもんじゃない。
病室の窓から下校途中の学生が歩いているのが見える。
僕も中高と6年間この道を歩いていた。
いつも通るたびにこの病院を見ていたはずだけど、
中でどんなことが起こっているのか考えたことはなかった。

病室のベッドに寝ている父は末期の肺ガンで、余命は残り少なかった。
希望というのは人が最期にかかる病らしいが、
ほとんど何の反応も示さなくなった父に僕がしてやれることなど、何もないように見
えた。
友人からメールがきた、
『せいいっぱい一緒にいて悔いのないように愛してあげよう』と。
それは答えだろうか、それとも問いだろうか。
わからない。
人に与えられるだけの愛を僕は持っているだろうか。
人は愛をどれほど知っているといえるのだろうか。
僕にはわからない

持ってきた小型のラジカセでマイルズの『1958』とスティーヴィーをずっと聴きつづ
けた。
最期は演歌でも聴きたかったのかもしれないが、
まぁ人生ってのはこんなもんだよ、父さん。

今年最後の大雪が降った三日後、父は死んだ。


1月某日

小金井公園に行った。
だだっ広いだけが取り柄のようなところだが、昔からこの公園は好きだった。
特にこの時期は世界の果てにきたような寂しさだったりして良い。

どうだっていいじやねぇかと思いながら一年が過ぎた。
大抵の物事など大したこっちゃない。
どうでもいいじゃねぇか。

2月を「光りの春」と呼ぶことを東京に来て始めて知った。
寒いだけだと思っていた2月が嫌ではなくなった。
世界の片隅にも光りは降りそそぐ。
人生はうたかた。
だからいいのだ。




 

キシタケ(2006.1.22)

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