O's Pageバックナンバー月刊文文掲示板次作品

いそのカツオをブッ殺せ! Sumata
<9>

 一昼夜降り続いた雨で水嵩と荒々しさが増した大井川と、その流れが織りなす周囲の奇観をくりぬくようにボクは走った。雨粒がゴーグルの上を絶え間なく流れ落ち、視界を確保するのに困難をきわめた。多少の清涼感を得て寸又峡を後にしたものの、その裏には計り知れないやりきれなさが残っていた。返す返すもいったいなぜなっちゃんはあのような素っ気ない態度をとったのか? それが気がかりで気がかりで、アクセルを開ける右手が鈍りがちだった。しかしもうどうすることもできなかった。ボクはもう次の目的地に向けて走り出しているのだ。今さら「後ろ向き・引き返し」してなっちゃんにその真意を問いただすことなど到底できないのだ。大井川農協の面々と深山の仲居さんと女将さんの厚意や親切をしっかりと胸に刻みながら、千頭のおばさんの心づくしを、なっちゃんの瞳と笑顔を、そしてそれらがもたらした自らの素直な感情とささやかな希望を裏切ってしまった過去を背負っていくしかないのだ。とにかく京都まで走りきろう。それがスゴイことだろうとなかろうと、それで何かが変わろうと変わるまいとかまわない。そして旅を終えて東京に戻っても、これまでどおり時代や時勢に背を向けて生きていくかもしれない。それも仕方ない。それがやはりオレという存在なんだ─そう自分に言い聞かせながらも、ボクは道路の真ん中で一八〇度旋回していた。そしてアクセルをめいっぱい開けて再び寸又峡の民宿深山を目指した─やっぱりやりきれない過去を背負ったまま旅を続けたくない! たとえこのまま旅を終えたとしても、憂鬱な日常やカタワ根性はもうこりごりだ! オレは変わりたい! スゴイ男になりたい! できれば時代や時勢に背を向けることなく、面と向かって背筋を伸ばして生きていきたい! よそよそしさの真意を問いただすかどうかは別にして、もう一度なっちゃんと会いたい。会って話をしてこの気持ちを伝えたい。このままなっちゃんを琥珀色の思い出の中に押し込め、折に触れて思い出しては感傷に浸るようなことは絶対にしたくない。なっちゃんを曖昧なまま終わらせたくない。オレの日常と人生において確固たる存在意義を持たせたい。ぶっちゃけて言ってなっちゃんとつきあいたい! なんだかんだ言ってもオレはなっちゃんが好きなんだ! これを恋と言わずになんと言おう!? 何とでも言え!! なっちゃんの容姿や素性や将来など全く関係ない! 二五歳になろうとする大学生のオレが高校生になろうとする一五歳の少女に、しかも旅先の民宿でたった一晩交流を持っただけで告白しようなんて非常識にもほどがあり、端から見ればさぞかし滑稽に映ることだろう。それはそうだ。告白してもなっちゃんが首を縦に振る可能性は皆無に等しく、万が一首を縦に振ったとしても、来月からニューヨークに移り住む彼女とつきあうことは極めて現実味に乏しい。しかし、どんなに非常識で滑稽であろうと、可能性と現実味から乖離していようと、それがオレの偽らざる欲求であり欲望であるならば、そしてその欲求と欲望を成就させたいと一瞬でも思ったならば、オレは行動を起こすしかないのだ(蓋然性は限りなく〇パーセントに近いが、可能性自体は未知数なのだ!!) 馬には乗ってみよ! 人には添ってみよ! 今まで幾度となく馬に振り落とされ人にそっぽを向かれてきた。それでもオレはあえてやる! 深山の女将さんと仲居さんに白い目で見られようが、荒井注や重信房子に冷やかされようが、熟女に嫉妬されようが、なっちゃんのお父さんに殴打されようが、オレはなっちゃんに告白するんだ!!!!
 深山に戻ったボクは大急ぎでバイクを止めて玄関に駆け込んだ。
「あらぁ、どうしたの?!」
びしょ濡れになって戻ってきたボクをみて仲居さんが目を丸くして飛んできた。
「いや、あのっ、ちょっと、厚木のご家族に言い忘れたことがあって…」
「あらホント。でもまだ散歩から戻ってらっしゃらないわねぇ」
「こっちでことづけといてあげようか?」
女将さんが奥から出てきて言った。
「いや、あのっ、自分で言いたいので…」
「じゃあここで待っててもしょうがないから、とりあえず体拭いてお上がんなさいよ」
女将さんは少し怪訝そうに言った。すぐに仲居さんがタオルを持ってきてくれたので、ボクは忙しなくレインウエアの上下を脱いで頭と手足を拭いた。
 広間に上がって腰を下ろした途端にとてつもない緊張が襲ってきた。幸いというか、大井川農協のみんなはすでに出発したようだった。強者どもが夢のあとではないが、昨夜あれだけ賑やかだったこの広間が今はこうしてもぬけの殻になってしまっているのを見ると、一抹の寂しさというか侘びしさというか、無常感のようなものを感じてしまう。それでも今夜は団体客でいっぱいだというから、おそらく昨夜以上に騒がしくなることだろう…などと考えて緊張をほぐそうとしだが無駄で、ついには呼吸も乱れ、気づいたら両手を絡めてけいれんのような動作をしていた。
「大変だわねぇ。こんなに大雨になっちゃって」
そう言って仲居さんがお茶を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」と恐縮しながら受け取ると、ボクはそれを少しずつ舐めるように口に含んだ。極度の緊張で口の中がカサカサに乾いていたので、緑茶の香りと温かさはまさに潤いだった。おそらく仲居さんはボクが寒さに震えていると思ってお茶を出してくれたのだろう。そんな仲居さんの心づくしを全く顧みる余裕もないほど、ボクは心身ともにいっぱいいっぱいだった。なっちゃんが帰ってきたら何て言って告白すればいいのだろう? "好きですつきあってください"と率直に言うべきだろうか? それとももう少し持って回った言い方をしたほうがいいのだろうか? そもそもどこでどのタイミングできり出せばいいのだろう? お父さんやお兄さんの目を盗んでこっそりなっちゃんを誘い出すべきだろうか? それとも"なっちゃんと二人で話をさせてください"と他の三人に席を外してもらうべきだろうか? それともこの際だから、厚木の家族全員と深山の女将さんと仲居さんみんなの前で公然と宣言してしまおうか!? 一向に考えはまとまらない。けれども刻一刻となっちゃんたちが帰ってくる時は迫ってくる。"えーい、もうどうでもいいからとにかく早く帰ってきてくれ!"という投げやりな気持ちと"できれば考えがまとまるまでは、なんならこのままずっと帰ってこないでくれ!"という逃げ腰な気持ちが火花を散らしていた。
ボクはどうにかして落ち着きを得ようとおもむろに傍らにあったテレビのスイッチを入れた。

「アメリカとその支援国はイラクの武装を解除し、脅威を取り除く…今回の攻撃は三五カ国以上が支援している。中東に駐留している君たち兵士に世界の平和がかかっている。イラク市民はアメリカ軍の優れた精神の目撃者になるだろう…我々は好んで戦争を始めたわけではないが、目的は明確だ。大量破壊兵器によって平和を脅かす政権を存続させないのが我々の任務だ…戦争の目的は自由を守り、世界を深刻な危険から守ることだ」

「日本政府はこれまでも、イラクに対しても、米国、英国、フランスに対しても平和的解決がもっとも望ましいという努力を最後まで続けるべきだと訴えてきた。しかし残念ながらイラクはこの間、国連の決議を無視というか軽視というか、愚弄してきた…私はそういう思いから、米国の武力行使を理解し、支持する」

何なんだこの空虚な言葉は!? これが大の大人が、しかも一国の総理大臣が、偉大なる(・・・・)アメリカの大統領が発する言葉なのか!? こんな空虚な言葉一つで最大級の殺戮が罷り通る世の中なら、こんな空虚な言葉一つに全世界が屈従を強いられるのなら、オレだってなっちゃんを…
そのとき、玄関の扉が開いた。
「いやーぁ、すっかりびしょ濡れになっちゃって…おやっ??」
ボクの姿を捉えたなっちゃんのお父さんは一瞬目が点になったように驚いた。ボクといえば、なっちゃんが視界に入ってきて咄嗟にその場から逃げ出そうとしたが、お父さんの笑顔に捕まって身動きがとれなくなってしまった。
「ホントによく降りますねぇ!」
仲居さんがタオルを持って厚木の家族を出迎えた。
「いやーぁ、さすがに傘も役に立たなくなっちゃって。しばらくそば屋で雨宿りしちゃいましたよ」
「あっ、どうも…」とボクはなっちゃんのお父さんに短く会釈した。
「いやーぁ、さすがにこの雨じゃ大変ですよねぇ。私たちもあのお兄さん、この雨の中バイクで出発しちゃったのかなぁ?って心配していたんですよ」
雨に濡れたとは思えないほどなっちゃんのお父さんは陽気に言った。その横でお兄さんが"ウンウン"と頷いていた。ボクはなっちゃんを見た。なっちゃんと目が合った。するとなっちゃんは一瞬昨夜と同じような瞳と笑顔を見せたものの、すぐにボクから目を逸らしてうつむいてしまった。ボクはなっちゃんに告白するのをやめようと思った。
「それじゃ、私たちは部屋に戻って帰り支度をしますので」
「あのぉ、」
「はいっ?」
「あっ!!!!」「キャッ!」
「ちょっと、お兄さん何を?!」
「ちょっとあなた、どこいくのよ?!」
「what is on?!」「??」
「えっ?! えっ?!」
誰もが唖然としていた。なぜならボクがいきなりなっちゃんをお姫様だっこし、そのまま玄関の階段を駆け上がっていったからだ。それは咄嗟の判断というものではなかった。衝動? 発作? 乱心? 自分でもよくわからなかった。とにかくボクはなっちゃんを抱えたまま、今朝までボクが使っていたタニマユリの間に駆け込んで扉に鍵をかけた。つまり、なっちゃんを拉致して立て籠もったのだ。
「お兄さん、いったいどうしたんですか?!」
「ちょっとあなた、とりあえず出てきなさいよ!!」
扉の向こうでは、突然の事態に取り乱したなっちゃんのお父さん以下が、ただごとならぬ声を上げて扉を叩いていた。しかし当のなっちゃんはというと、特にじたばたすることもなく、ボクのこの奇行にただ驚愕するのか恐怖感を覚えるのかで肩と腰と肘と膝をとてつもなく緊張させてボクを凝視していた。見ようによってはそれは怖いもの見たさの好奇心に満ちた眼差しでもあった。ボクはそんななっちゃんに得体の知れない笑顔を見せると、声を大にして扉の向こうに告げた。
「これはゲームなんかじゃありません。これからボクの言うことをよく聞いてください。今から一時間以内に首相官邸に電話をして日本政府に以下のことを要求してください。第一に、先ほど発表したアメリカのイラク戦争を支持する声明を直ちに撤回すると同時に、テロ対策特別措置法および周辺事態法と自衛隊法以下防衛庁および防衛施設庁所管の諸法律を違憲立法と認めて廃止することと、有事関連三法案を廃案とすることを次の通常国会で提議することを直ちに閣議徹底した上で、イージス艦こんごう以下、現在インド洋上でアメリカ軍の後方(・・)支援にあたっているはず(・・)の自衛隊の艦船を速やかに前線から撤退させること。第二に、広島・長崎の原爆投下に対する謝罪と被害者および遺族への補償をアメリカ政府に早急に要求すると同時に、非核三原則の法制化を次の通常国会で提議することを直ちに閣議決定すること。第三に、同じくアメリカ政府に対して、次期大統領選挙に際して、日本・韓国・サウジアラビアなど、その国内に米軍基地を要する国々においても一定の人数の大統領選挙人を選出する権利を認めるよう早急に要求すること。以上、一時間以内に実行に移してもらえなければ、この場で段階的になっちゃんの唇と処女を奪います。繰り返しますが、これはゲームなんかじゃありません」
言い終わってボクはなっちゃんをまじまじと眺めた。吐息が触れ合い唇が重なり合いそうなほどの至近距離になっちゃんの顔があるのに気づき、また、初めてなっちゃんの身体に直に触れてそのほのかで柔らかな体温を感じたボクは、滑稽なほど赤面してなっちゃんを無造作に手放した。するとなっちゃんは逃げ出したり大声を上げたりすることもなく、逆にまじまじとボクを見つめ返したのでボクはさらに赤面した。
「な、何…??」
間合いを持て余したボクは思わず言った。こんなことをしでかしておきながらそんな言い草はないだろうと、我ながらふとどきな野郎だと思ったが、それからなっちゃんが妙ニコニコし始めたのでボクはますます体裁が悪くなってしまった。というより、昨夜とほとんど変わらないなっちゃんの笑顔を思わぬ間合いで見せつけられたボクは、完全に腰砕けになってしまった。
「いやーぁ、お兄さん、おもしろい!! 米軍基地のある国々にも大統領選の選挙権を認めろというのはたしかにもっともな言い分です。というより、私も以前全く同じことを考えていたんですよ」
「えっ?! ホントですか?!」
扉の向こうでのなっちゃんのお父さんの意外なリアクションに、ボクは思わず喜色の声を上げてしまった。
「もちろん私も今回のイラク攻撃には反対の立場ですし、それに、こんなことを言うのも何ですけど、実は亡くなった先妻の実家が広島県にあったんで、私も原爆の問題には以前から関心が深いんですよ」
「えっ?! 広島のどこですか?」
ボクはまた喜色の声で尋ねてしまった。
「宮島町といって、日本三景の一つ厳島神社で有名な所ですけど、知らないですよねぇ?」
「ボク、湯来町の出身なんですよ!」
「ええっ?! ホントですかぁ?! いや、これは奇遇だなぁ!!」
扉の向こうでなっちゃんのお父さんの高らかな笑い声が聞こえた。ボクもつられて目元と口元がほころんだ。
「湯来町なら私もお父さんと一緒に行ったことあるよ。けっこういい感じの温泉街ですよね?」
さらなる笑顔でなっちゃんが言った。ボクは急に胸が痛くなった。
「ところでお兄さん、ひょっとしてこれは金嬉老の真似ですか? まぁいずれにせよ、おっしゃってることはもっともでも、こういうやり方はもうちょっと古いんじゃないですかねぇ!」
「─すいません…」
「それにあなた、こっちは別に電話するのはかまわないけど、それだけじゃどうしようもないでしょう。テレビ局とか新聞社とかにも電話してしっかりアピールしなきゃ」
「─はい…」
ボクはすっかりしょんぼりしてしまった。それでもなっちゃんは相変わらず優しい微笑みをボクに投げかけていた。
「─ゴメンね…」
ボクは伏し目がちに小声でなっちゃんに謝った。穴があったら入りたいとはまさにこのことだった。
「おもしろいですね」
なっちゃんは全く笑顔を崩すことなく言った。その一言がなっちゃんという人格のすべてを物語っているように思えた。その一言ですべてが許されるような気がした。ボクは思いきってなっちゃんに言った。
「なっちゃん、オレとつきあってくれ!!」
「えっ!?」
なっちゃんはその真っ黒な大きい瞳をまさにまん丸にさせて驚いた。我ながら飛躍した台詞だと思った。しかし、先の段階で言葉も行動もすでにとんでもなく飛躍してしまっている。この期に及んで何をためらい、慎重に言葉を選ぶ必要があろうか!!
「いいですよ」
「えっ?!」
今度はボクがその小さくくぼんだ瞳をまん丸にさせて驚く番だった。例のごとく最高に輝く瞳と笑顔でなっちゃんがそう応えたからだ。
「いいって…?? オレとつきあってくれるの??」
「はい。でも私、来月からニューヨークに行っちゃうんで、とりあえずメールアドレス教えてもらえますか?」
「ああっ、そ、そうだね、でも、ホットメールだけど…」
あまりにも意外な展開に喜びと戸惑いで小躍りしそうになるのを懸命にごまかしながら、ボクはなっちゃんに相対した。ついに、ついに彼女ができた!! 苦節二五年。こんな所でこんな形で。しかも、なっちゃんが、なっちゃんがオレの彼女になったんだ!!
「書くものあります?」
「─いや、今持ってない─外に、荷物の所にある」
もう出ないわけにはいかなかった。ただし、なっちゃんのお父さん以下に何て言えばいいのだろう…? とりあえず、土下座覚悟で謝るしかなかった。仲居さんと女将さんを含めた全員から白眼視を向けられるのは必死だった。場合によってはなっちゃんのお父さんの拳が飛んでくるかもしれない。それでも、なっちゃんが彼女となった今のボクには、ほとんど怖いもの知らずの勢いがあった。その勢いに任せてボクは扉を開けた。
「お父さん、このお兄さんとメル友になったよ!!」
開口一番なっちゃんがそう言ったものだから、ボクは思わずズッコケそうになった。
"メル友?? メル友かよ?! 彼氏じゃないんかよ?!"
そうなっちゃんにツッコミを入れて彼氏かどうかこの際はっきりさせておきたかったが、なっちゃんのお父さんがボクを睨んで一歩前に出たので、ボクは"やはり来たか"と覚悟を決めて立ち止まった。ところが、
「いやぁお兄さん、すみませんねぇ。この子のわがままを聞いてもらって」と、まるで感謝されるかのような丁重な態度と言葉づかいをされたものだから、ボクは思いっきり恐縮してしまった。それでも、
「ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありませんでした」
と、なっちゃんのお父さん以下全員に深々と頭を下げた。
「いやいや、まぁ、若いときはいろいろありますからねぇ。それに実はですねぇ、昨日あれからこの子が、ニューヨークに出発する前に東京のお兄さんの所へ、高円寺ですか? 遊びに行きたいって言うんですよ。でも、そんな暇はないし、それにお兄さんだって迷惑するんじゃないかって叱ったんですけど、それでも行きたい行きたいって聞かないもんですから…」
「えっ、そうなんですか?!」
なっちゃんのお父さんの意外な報告に、ボクは目から鱗が落ちるような嬉しささを得た。なっちゃんのお母さんもお兄さんも仲居さんも女将さんも、誰もボクに白眼視を向けていなかった。
「ねぇねぇ、アドレス! アドレス!」
そう言ってなっちゃんがボクの肘を引っ張った。嬉しいやら気恥ずかしいやらで、ボクは穴を掘ってでも入りたい気分だったが、とりあえず、なっちゃんの要望に応えるべく、なっちゃんのお父さん以下に取り急ぎの会釈をして階段を下りた。
 "オレの人生もオレという人格も、まだまだ決して捨てたもんじゃないな!!"
階段を上下しながら、ボクはそう密かにつぶやいて密かな笑みを漏らした。何より、こんなにも非常識で滑稽で飛躍にもほどがある言動をとってしまった男にすら、こんなにもすばらしい瞳と笑顔で応じてくれる女の子がいるという事実と現実は、人間存在における一つの真実でもあるようで、どんな時代や時勢やであろうとその一つがあれば何とか生きて行くに足りる価値を見いだせるのではないか!!と、ボクはささやかながらもはっきりとした希望を抱いた。
ボクはなっちゃんだけでなく、なっちゃんのお父さんとお母さんとお兄さんともメールアドレスの交換をした。なっちゃんの本名は「鈴木千夏」といった。外人の名前も交じっているのかと思ったが交じってなかった。でも、いい名前だと思った。どさくさに紛れて仲居さんともアドレスの交換をした。女将さんはパソコンも携帯電話も持っていなかった。
「うーん、これも何かの縁ですから、こうなったら、この子の出発前に何とか都合をつけてみんなで湯来町の温泉に遊びに行きましょうか!」
「えっ?? ホント??」
「いかがです? お兄さん」
いかがも何も、大歓迎だった。
「ヤッタァッ!!」
なっちゃんは飛び上がって喜ぶと、これまでで一番の輝く瞳と満面の笑顔を見せた。
「いいわねぇ、若いって」
女将さんがしんみりと言った。

(リアル)まっこい34
2004.11.23


O's Pageバックナンバー月刊文文掲示板次作品
まっこい34駄作連載中 Copyright(C) 2004 (リアル)まっこい34
デザイン: おぬま ゆういち
発行: O's Page編集部